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〜〜〜中学時代から〜〜
中間・期末試験の数学がおなじ16点だったことに感動したって?!(その2)
「みんなが答案を見にきてさ、そしたら友達がね」
「え、ちょっと待った」
ぼくはショックのあまりフリーズしかかりながら、訊いた。
「その16点の答案用紙、みんなに見せたんだ」
「うん、見せたよ。いつもそうだよ」
ぼくのなかに、16点の答案用紙とそれをかこむ同級生、という世にも恐ろしき教室の光景がうかんだのだった。
言語道断。
「そしたらね、となりの友達がさ、わぁ、あたしより下がいたって喜んでた。あたしさあ、人助け、してきたんだよ」
キミは満足そうにいった。
「人助け……」
16点。しかも連続で。なのに人助け……。ぼくはキミの発想の飛躍についていけない。
「だってさあ、自分より下の人がいると安心するもんね」(まあ、それはわかる)。
「でもね……。16点……」
「いいのお」と、キミは「お」に力を入れた。
ぼくの心中を知ってか知らずか、キミはつづきを喋りだした。
「男の子にさあ『あ、お前ってバカだったんだ』っていわれちゃったよ」
その口調は、あ、お前きのう休んだんだ、と言われちゃったよ、とおなじにきこえた。
あ、おまえ今日、傘をわすれたんだ、と言われちゃったよ、とおなじにきこえた。
フリーズしたぼくのあたまでも、男の子の驚きは十分にわかる。
親バカを承知で書けば、キミは賢くみえる。どうみてもバカには見えない。
発声は明瞭、言葉も達者。字を書けば習字の手本のよう。だからとっても利発な子にみえる。
賢く見えるもんだから、クラス替えしたばかりのころは、誤解される。友だちに、のん子ってさ、いろいろ考えているし、本もいっぱいを読んでいるでしょ? とよく訊かれたりして。
ううん、ぜんぜん読んでないよ、これまでに読んだの『ハリーポッター』だけ、そう答えたという話をぼくは思いだした。
その男の子も、キミは80点くらいはとる女の子、と思っていたんだろうね。そのキミの手に×だらけの答案用紙……。そりゃ驚くわ。
ようやく話の展開においついてきた。てっきりこれでおわりかと思って、ひと息つきかけたときだった。
「そういえば、まゆちゃん、って子がね」と話題をかえてきた。(まだ次の手品があるんかい。)
「ちょっと待った。ちょっと」
ぼくは手で静止して、あたまの中を整理した。
ええと、中間試験の数学が16点。ええと期末もおなじ16点。
そして2回ともおなじ点だったことにこのコは感動した、という話だった。
それから、×だらけの答案をみんなに臆面もなく披露した。
見た男の子が、「あ、おまえバカだったんだ」と驚嘆した。
女の子が「私より下がいた」と歓喜した。
ようやく整理ができた。つぎを訊くこころの準備はととのった。
「で?まゆちゃん、って子がどうしたって?」
「お母さんにテストの点をみせたらね。あなたバカなのかしら、って言われてさ。泣いちゃったんだって」
「泣いた? うちではありえないね。」
「はじめてバカって言われたんだって」
「できる子なんだね?」
「うん。間違った問題をくやしがっているような優等生だもん。だからバカって言われたのはじめてなんだってさ」
「初めて言われてら、ショックだろうね」
とぼくはひと息ついて、つづけた。
「キミはバカって言われることに慣れているもんなぁ」
「バカって言われていちいち泣いていたら、うちじゃ生きていけないよね」
そういってキミは笑った。
キミは母親の口からでる「おバカ」という軽口をききなれている。子供のころからシャワーのようにあびてキミは育った。
回数がおおいと、もともともあった毒気がきえるんだね。ぼくにはささやかな発見だった。結婚のおおきな成果だ(でもないか)。
キミが男の子に、おまえバカだったんだ、と言われても、まったく動じなかったのも、傷つかなかったのも、笑っていられたのも、そうしてそのことをぼくに嬉しそうに話して笑えるのも、「おバカ」をききなれた成果だね、きっと。
カンドウ話が一段落したとみたのか、キミは、じゃあね、とさっぱりした顔で二階にあがっていった。
かろやかな足どりだった。人が耳にしたら、16点の答案用紙がカバンに入っている中学生とはとても思えない足どりで。
ふと気づくと、ぼくの腰はソファーからずり落ちそうになっていた。天井がみえていた。
あ。
われに返った。出汁がつくりかけだ。
台所にはしると、タイマーはまだ15秒のこっていた。
この日のできことをよくおもいだす。そして、いろいろ考えたことがある。
ながくなるから、そのことは別の手紙で書くことにするね。
(つづく)
〜〜〜保育園時代
おとうちゃん「事件」
親子になって間もないころ、スーパーマーケットで、きみはいきなり「おとうちゃ〜ん」と言った
〜〜〜小学校時代
気がついたら、男の子を夢中でなぐっていた「事件」
教室で友だちと話していたら突き飛ばされて……、それからは憶えていないって?
カレー「事件」
調理の時間に友だちから「わたし前からカレーつくれるよ」と自慢されたときにとったキミの対応は……。
〜〜〜中学時代
16点はきみにとって恥ずかしいことでも、ガッカリすることでもなかった。そのことに、ぼくは驚いて……。
試験の数学が連続で16点だったことにカンドウ?(その2)
答案を皆に見せて、「あ、おまえバカだったんだ」と男の子に言われちゃったと、楽しそうに。
わたしね、五分も勉強すると頭から煙が出てくるの
ぼくは思わず笑ったけれど……